2011年6月23日木曜日

風が吹く瞬間 ③

<THE LAST SAMURAI>の日本人武将勝元役は
別な俳優へのオファーだった。条件が合わず第一
候補が降りたため回ってきた。しかしこの時英語は
まだ出来なかった。

2004年アカデミー助演男優賞ノミネートとなり、のちに
アカデミー会員になったKEN WATANABEの印象的な
ハリウッドデビューだった。

彼がここまで伸びた理由は闘病がきっかけだ。

俳優は継続的に仕事が出来なければオファーは来ない。
独眼竜正宗の印象が強く、いわゆる主役級は1年後2年
後を計画する。倒れるかもしれない俳優を起用したい
とは誰も思わない。

彼はいままでの自分を捨て、勝負に出た。脇役になる
ことである。強烈な悪役、ダメ役、かっこ悪い役なんでも
引き受けそれが若者に受けた。

劇団もやめ事務所に入った。



バットマンビギンズ、SAYURIと次々に出演していった。
ブロークンイングリッシュでも通じればいい。
硫黄島からの手紙ではイーストウッド監督はKEN WATA
NABEだけにはオファーを出した。

なんと2007年のアカデミー賞ではカトリーヌ・ドヌーヴ
2人で非英語圏俳優代表として舞台に立ち、賞が設定
されて50周年を迎えた外国語映画賞の歴史を紹介した。

主演は意外にも遅く2006年の小説映画<明日への記憶>
原作荻原浩氏に直接手紙を出したという。
<沈まぬ太陽>でも山崎豊子氏に直訴したことは有名。

ウルトラマンじゃないけど命を二度もらったから、渡辺謙は
KEN WATANABEになれた。
新潟魚沼産俳優は、世界を飛び回る<ひかり>になった。
source:ken watanabe facebook